11月13日パラグアイ出発 15日帰国 父のこと

 

1113

12時チェックアウト。

その後、荷物を預けて、一同またまたショッピングセンターデルソルへ。

ビュッフェがあって、織原良治、吉尾公弘と一緒にお昼御飯。

たくさんの種類の料理、なかなかおいしい。

そこに、納見さんとのりこさんが来て、私と3名で、近くのカフェで、おいしいコーヒーとケーキ。

藤陵雅裕が通りかかり、私に、また食べてますね、と言う。

昨日も吉尾公弘と、コーヒーとケーキのところを、彼に見つかったのだ。

甘いものがおいしい。

甘いものを食べない納見さんも、甘い物を食べている。

スーパーで、各種お茶を見る。

のりこさんは、カモミールのお茶がいいと言う。

アスンシオン行きの飛行機の中で、Teと注文したら、このハーブティーが出てきた。

アルゼンチン産やパラグアイのグアラニー族のお茶など、いろいろある。

 スーパーマーケットは、その地の生活が良くわかって面白い。

15時過ぎに、空港へ。

横田さんと小暮さんのお世話を頂く。

カウンターで、全員が荷物重量超過といわれて、びっくり驚いた。

今までは、一人23キロの荷物を2つまで、と言うことだったのに、なぜか、帰り道、

一人23キロまでという。

これでは、全員重量超過だ。

折衝するも駄目で、全員支払う。

驚きのうちに、飛行機へ。

ゲートまでいらしてくださった小暮さんにお礼を述べて、お別れする。

幾度もの出会いとお別れ、嬉しさと切なさの積み重ね。

3時間ほどで、サンパウロ空港着、ゲートを確認後、軽食を取ったり各自過ごす。

アスンシオンで積んだ荷物は、サンパウロでは出てこずスルーで、アメリカダラスに行くという。

ここで問題だ。

アメリカでは、荷物に鍵をかけてはいけないことになっているが、南米通過の時には荷物に鍵をかけないと危ない。

アスンシオンで、荷物に鍵をかけた者は、心配になるが、この段階で荷物の鍵をはずせない。

アメリカン航空のスタッフのお兄さんが出てきて、日本語で、機内持ち込みのサックスや各手荷物に、誰かから頼まれて預かって入れた物がないか、質問する。

何もない、と、皆で答える。

南米からアメリカへの飛行、怪しい物が運ばれるのを警戒しているのだ。

やっと乗り込み、10時間超の飛行の末、最後の乗り継ぎ地、ダラスに着く。

14日の朝の6時だ。

ダラスでの乗継待ち時間が、3時間ほどあったので、食事をしたり、ギフトを探したり、それぞれ時間を過ごす。

私は、村上エンジニアと、カフェのカウンター席に座って、村上さんはビール、私はコーヒー、フィウッシュ&チップス。

村上さんは、ニックネームが、mu-さん。

私のCD、家族、愛にあふれて、心配しないで、SMILE4枚の録音をしてくれた。

1985年に、アメリカでオーディションに合格して、TOTOのレコーディングエンジニアとして活躍、そのアルバムは、プラチナディスクを獲得した。

吉尾公弘によると、一時代、日本のプロロック系ミュージシャンは、皆、TOTOにあこがれて、どうしたらあのギターのサウンドが出るのだろうと工夫したり、吉尾公弘の一番の今でもアイドルドラマーはこのバンドのドラマーだそうだ。

良い時代の、良い話を聴く。

成田行きの飛行機、遅れて離陸。

一番長いフライトだ。

成田まで約13時間半、さすがに長かった。

うとうとしたり、映画を見たり、3回出てくる食事を少しずつ食べたり、いろいろした。

足がむくんで、ぐるぐる回したり、血栓予防体操をしたり。

アラスカ上空を飛んで、日付変更線を通って、15日になった。

とうとう成田に、16時着。

ツアーは終わった。

皆、無事に帰った。

荷物を取って、短い挨拶、それぞれの帰路に着く。

私は、宅急便に2つのスーツケースを預けて、電車を乗り継ぎ帰宅。

さすがに、4つ目の電車に乗る頃は、きつい重いがした。

家に帰った、帰ってきた。

ツアーが終わりに近づくにつれて、父の生死が気になり出して、成田に着いたらすぐに妹に電話して聞きたかったのだが、悪い知らせを貰うと、どう帰っていいかわからないと思って電話を我慢する。

家に着いて、すぐ妹に電話。

父は、私が旅立つ日の朝、妹が良くなったというので、その言葉を頼りにツアーをしていたのだが、出発後、悪くなり、妹と弟夫婦は、父の葬式の相談もした。

病院の検査で、なんと、最近転倒して頭を打ったことが原因で、硬膜下出血になっていて、

じわじわと血液が溜まって、脳を圧迫し、それで動けなくなり、右手右足が麻痺した事が判明、開頭手術をして、血を抜いたという。

術後の経過は良く、話も出来るようになって、麻痺も治ったが、身体が衰弱、歩けないという。

これから、最長5ヶ月の入院とリハビリの過程で、どこに住むようになるのか、病院と家族との話し合いとともに経過を見ることになっている。

安心とともに、今後の事が思いやられる。

弟奥さんに電話して、留守中の世話に感謝する。

妹も弟夫婦夫婦も、私に、父がとりあえず命を取りとめたことを知らせようとしたが、私の心配を考えて知らせなかったという。

あたたかい妹弟の思いに、涙。

とりあえず、今日は疲れたので、納豆と御飯を食べて、レッスンや仕事のメールをして休む。

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