鷹の台Bossa 母の病院

11月23日

雨の寒い日。

8時起床、雨でライブ中止かと、吉田和雄の電話を待つ。

ライブ決行の知らせをもらって出発、鷹の台駅、すぐそばの小平中央公園。

体育館そばの広場には、屋台が出て、黄色くなった銀杏並木がきれい。

黄色のテントの中に、ステージを作っている。

ここで、ミンさんとToquio Bossa Trioの鷹の台Bossaライブ。

寒い中、おいでくださった皆さん、本当に有難うございます。

サムタイムのToquio Bossa Trioライブをお聴きになって今日来られた方、気楽メンバーひろこさんのお世話でご家族で来られた方、いつもおいでくださる方、皆さん、有難うございます。

手がかじかむのだが、演奏が始まるとギンギンになって心身ともに燃えた、久しぶりのToquio Bossa Trio。

ブラジルから帰って来たばかりの吉田和雄リーダーのブラジルの話を聴いて、来年ぜひぜひまたブラジルに行きたいと夢がひろがる。

帰りの鷹の台駅で、母のところへ行こうと思い立つ。

10月行けなくて、今月もぎりぎりのスケジュールで、自分の体調が心配でなかなか無理が出来ない気持ちだが、今日行かないと行けないと思って、電車とタクシーを乗り継ぎ病院へ。

どんより曇ってパラパラ天から落ちてくる冷たい雨。

今日は休日で、ロビーにも廊下にも誰もいない。

シーンとした病院の通路を歩いて、エレベーターに乗って母のいる階へ。

久しぶりに会う母。さらに痩せて小さくなって私の顔を見て力なく笑い顔、泣き笑い。
すぐに母の車椅子をつかんで引き寄せて紅葉を歌い出した。母は小さな顔をくしゃくしゃにして喜んで一緒に歌い出す。今日は突然来たので曲の準備がなくて、お正月の歌、ふるさとも思いつきで歌ってしまった。ふるさとは悲しい歌だ。今の母の状態が悲しい。人生は帰らぬ旅か。歌でしか通じあえない切なさ。母が風邪ひかないように早く切り上げ、思いが残るが母を返した。ガラス戸に車いすの母と私が映る。二人とも寂しさ一杯の顔。もっとずっと一緒にいたい。
母が去ってガラス戸が閉まると、祈りの手をした私一人が映った。
母の姿が見えなくなってもしばらくその場に立っていた。

今のほんの7分くらいの歌の時間、熱くなった心の持って行き場がない。

帰りのタクシーを待つロビー、外の雨降りを見ていた。

タクシーと電車とタクシーを乗り継ぎ帰って来る途中、家に一緒にいないことを選んだことが心の痛みとなって迫ってくるが、仕方ない仕方ないと思い返す。

私の心の中のBlues。

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