母の見舞い

7月29日
月に1回、母の見舞いに行っている。
成年後見人として見守り記録をつけている。
家裁より請求されたら、これを提出する。
もっと頻繁に会いに行きたい。
なかなか身体が動かなくて、寂しい気持。
タクシー、電車、タクシーと乗り継いで、郊外の母の病院へ。
今日は日曜で、病院のロビーはシーンとしていて、わたししかいない。
レセプションのところで名前と来院時刻を記入しえ、入管パスをもらう。
母の病棟へ行くエレベーターがあるところまで、長い廊下を歩いていく。
父と歩いた頃を思い出す。
「おかあさん、おとうさんはいないよ」と心の中で語りかける。
母の病棟の階に上がるエレベーターの中、毎回どんなに鳴っているかと気が重く押しつぶされそうな気持になる。
母は、看護師さんが押す車イスに乗って出てきた。
不安な表情、知らない人と二人きりになったのだ。
話しかけるが機嫌が悪い。
唱歌を歌いだす。
すると、こわばった表情がさっと崩れて涙と笑顔になって一緒に歌いだした。
いつも同じ歌だが、花、夏の思い出、紅葉、繰り返して歌う。
悲しくて嬉しくて、涙がこぼれる。
骨と皮の小さく冷たい両手を取って温める。
細い細い両足、ひざをさすって温かくなるように願う。
歌をやめると不安になるので、短い面会時間、名残惜しいが母を帰す。
車イスを自分で手で動かして去っていく母の後姿を、ガラス戸越しに見えなくなるまで見送っていた。
タクシーを呼んで、来るまで病院の玄関のベンチで待つ。
郊外の夏の景色、のんびり静かな風景。
母がいる建物に、私もいる。
父の病院に行った帰りの、タクシーを待つベンチ、同じ思いがあったなあ。
同じ建物にいるという嬉しさと切なさ。
ベンチが、父や母の膝元のような気がする。
どこまでも一緒にはいられない。
自分は自分、一人の生きて行く道がある。
帰宅して、ひたすら仕事、仕事、仕事。
 
 
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