父の病院へ やまきょうとYOSHIROさんラテンライブへ

4月25日
毎度同じおかず作り。
インゲンとシメジの炒め煮、大根葉と油揚げと椎茸の薄味おひたし、鯖のみぞれ煮は生活クラブの半調理品、大根と豆腐の味噌汁、麦味噌の発酵の香りが素敵だ、ブロッコリーとアスパラボイル、もずく酢、カラーピーマンホイル焼きなど。
父の病院へ、電車とタクシーを乗り継ぎ到着。
父は、どこまで痩せるのだろう。
落ち窪んだこめかみと頬、すぐ目を閉じて眠っている。
父の肩を手で包んで、頬にそっと触る。
父の耳元で、父と母がハモッて歌って私がピアノで伴奏をした「埴生の宿」を歌い出すと、「いいね」と、声にならない声で言った。
父は歌わなかった、すぐ眠ってしまった。
しっかり声に出して歌いたかったが、泣いて歌えなそうなので、すごく小さな声で「Thank You」を歌った。
「又明日来るからね」と言うと、目を開けて「ありがとね
そっと、部屋を出た。
またタクシーに乗って、電車に乗って、赤坂へ。
やまもときょうこさんが、YOSHORO広石のラテンヴォーカルライブに誘ってくれたのだ。
赤坂B♭、お客様一杯。
きょうこさんは赤ワイン、私はトマトジュースで乾杯。
きょうこさんのバンドのメンバーが何人もいるバンドだ。
YOSHIROさんは、長く北中南米で活躍したラテン歌手だ。
昨年の南米ツアーの前に読んだ、ラテン情報誌に彼の記事が沢山載っていた。
その本人のライブが聴けるとは、ほんとうに驚いた。
襟首にラインストーンが入ったスーツで登場したYOSHIROさん、済んだ伸びやかな声で、ラテンナンバーを歌う。
日本語で人生を語る歌はじっくり聴かせる。
サルサナンバーでは、ペルーやキューバのお客様、日本の年配のカップルもフロアで踊り出す。
2セット、YOSHIROさんの人生が伝わる、歌の世界、魅了された。
ラテンというと、パーッと明るいラテン男、というようなイメージがあるが、深い人生の悲しみを表現する事があり、YOSHIROさんの歌にそれが感じられて、ある恋の物語では、思わず涙がこぼれた。
ゴールデンウィークに開催の、キューバハポンフェスティバルのプロデューサーでダンサーの、ナルシソ・メディアさん、アフロルンバ曲で、躍り出る。
裸足で、ステージに踊りながら上がって、しなやかに天から降りる神が身体と心に入るダンスパフォーマンス。
キューバのサンテリアを強烈に思い起こして、クラクラする思いになる。
ラストの曲では、私達も立ち上がって、サルサのステップで会場皆で踊る。
音楽と友に身体を動かす事、よいものだ、本当によいものだ。
きょうこさんに大感謝。
ライブが終わったあと、赤坂は変わったねえといいながら、2時間近く、きょうこさんはビール、私は紅茶で、いろいろいろいろ話す。
心が通う音楽仲間であり、年は離れているが人生を語る友達だ。
 
 
 
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