10月28日 国際交流基金主催事業南米コンサートツアー出発

10月28日

15時に成田空港第2ターミナル着。

宅急便で送った2つのスーツケースを受け取る。

1つ23キロまでの、重量制限、引っかかるか心配だ。

岸のりこ、納見義徳、織原良次、吉尾公弘、皆早めに来ていた。

 

朝、電話で、スーツケースの重量オーバーで相談の藤陵雅裕、

一つのスーツケースの中に、もう一つを入れて運んで、空港で2つに分けることを

とを提案。

これで、楽器ケースも持てる。

藤陵雅裕が来て、荷物分け。

アメリカンエアライン、チェックイン,私の荷物はぎりぎりセーフだった。

訪問する4カ国の気候が様々なため、衣服も多く用意して、衣装もあり、荷物は増える。

18時過ぎ、フライト、ついにこの日がやって来た。

席は、通路、バンド全員縦に通路席に座る。

上空は寒い。

タートルネックニット、黒のジャケット、さらにふんわりコートを重ね着して、パンツは中綿入りのスポーツパンツだ。

出掛けにいろいろあったため、準備を飛行機の中に持ち込んだのだが、夜モードで、明かりが消されて、仕事できず。

いつもの事だが、行きは緊張と興奮で、寝られない。

ほとんど寝ずに、11時間後、ダラスに着く。

ダラスで、入国審査に1時間半、立って待つ。

入国したとたん、織原良次がとっつかまって別室へ一人で連れて行かれる。

織原良次は、初めての海外で、一人大丈夫か。

乾燥剤の白い粉を、ベースケースに入れたのだが、出掛けに出したそうで、よかったよかった。

誤解を招いたら、大変だった。

しかし、なかなか出てこない。

私達は、後戻りできない場所にでてしまったため、様子を見に行けない。

村上輝生音響エンジニアが、ドアのところで織原良次を待っていてくれて、私達は次の飛行機のゲートを調べる。

次の飛行機の離陸時間が遅れている。

私は、織原良次が間に合うと思って、ラッキーと叫ぶ。

すると、納見義徳が、ラッキーじゃない、次のマイアミからの乗り継ぎは45分しかない、乗り遅れるぞ、と言う。

どうしよう。

織原良次が、開放されて出てきた。

ダラスからマイアミ便に乗る。

2時間遅れて出発。

マイアミに着いたのは、23時。

飛行機の機長が、南米に急ぐ乗客がいるので、先に降ろしてほしい、と機内アナウンス。

30名くらいいるので、次の飛行機は待つだろうと、キャビンアテンダントのおにいさんの話を信じて、

私とのりこさんと藤陵雅裕は、ゲートまで走る。

他のメンバーがいない。

降りる時にばらばらになって急いだのだ。

ゲートにたどり着いて、カウンターの女性に聞くと、allready gone,,,!と言った。

唖然の3名、しかし仕方ない、ほかのメンバーは乗って言ったかも、探そう、

藤陵雅裕は重い楽器ケースを持って、私ものりこさんも重い手荷物を曳いて、深夜の人がいなくなった空港内をひた走る。

荷物受け場所に行ってみたが、スーツケースはない。

携帯でメンバーを探すと、つながって、AMERIIKAN AIRカウンターに行く。

村上エンジニアと納見さんがいた。

吉尾ドラマーと織原ベーシストも来る。

結局、この日は、マイアミ宿泊となった。

一つのホテルに皆泊まると、部屋が4つしかない。

しかし遠くにばらばらになるのはまずいので、村上エンジニアの交渉で、ホリデーインに、相部屋で泊まることとなった。

一同、肩を落とす。

シャトルバスに乗る、暑い、マイアミ、常夏のマイアミだ。

ホテルに着いて、もうここしか開いていないという1階のラウンジで、ピザとビールで乾杯。

藤陵&織原組、村上&吉尾組、岸&遠藤組、納見さんの4組に分かれて宿泊。

皆、洗面道具も着替えも、空港に預けられたスーツケースの中、着の身着のままで、寝巻きも替え下着もなく、宿泊する

朝、電話で、スーツケースの重量オーバーで相談の藤陵雅裕、

一つのスーツケースの中に、もう一つを入れて運んで、空港で2つに分けることを

とを提案。

これで、楽器ケースも持てる。

藤陵雅裕が来て、荷物分け。

アメリカンエアライン、チェックイン,私の荷物はぎりぎりセーフだった。

訪問する4カ国の気候が様々なため、衣服も多く用意して、衣装もあり、荷物は増える。

18時過ぎ、フライト、ついにこの日がやって来た。

席は、通路、バンド全員縦に通路席に座る。

上空は寒い。

タートルネックニット、黒のジャケット、さらにふんわりコートを重ね着して、パンツは中綿入りのスポーツパンツだ。

出掛けにいろいろあったため、準備を飛行機の中に持ち込んだのだが、夜モードで、明かりが消されて、仕事できず。

いつもの事だが、行きは緊張と興奮で、寝られない。

ほとんど寝ずに、11時間後、ダラスに着く。

ダラスで、入国審査に1時間半、立って待つ。

入国したとたん、織原良次がとっつかまって別室へ一人で連れて行かれる。

織原良次は、初めての海外で、一人大丈夫か。

乾燥剤の白い粉を、ベースケースに入れたのだが、出掛けに出したそうで、よかったよかった。

誤解を招いたら、大変だった。

しかし、なかなか出てこない。

私達は、後戻りできない場所にでてしまったため、様子を見に行けない。

村上輝生音響エンジニアが、ドアのところで織原良次を待っていてくれて、私達は次の飛行機のゲートを調べる。

次の飛行機の離陸時間が遅れている。

私は、織原良次が間に合うと思って、ラッキーと叫ぶ。

すると、納見義徳が、ラッキーじゃない、次のマイアミからの乗り継ぎは45分しかない、乗り遅れるぞ、と言う。

どうしよう。

織原良次が、開放されて出てきた。

ダラスからマイアミ便に乗る。

2時間遅れて出発。

マイアミに着いたのは、23時。

飛行機の機長が、南米に急ぐ乗客がいるので、先に降ろしてほしい、と機内アナウンス。

30名くらいいるので、次の飛行機は待つだろうと、キャビンアテンダントのおにいさんの話を信じて、

私とのりこさんと藤陵雅裕は、ゲートまで走る。

他のメンバーがいない。

降りる時にばらばらになって急いだのだ。

ゲートにたどり着いて、カウンターの女性に聞くと、allready gone,,,!と言った。

唖然の3名、しかし仕方ない、ほかのメンバーは乗って言ったかも、探そう、

藤陵雅裕は重い楽器ケースを持って、私ものりこさんも重い手荷物を曳いて、深夜の人がいなくなった空港内をひた走る。

荷物受け場所に行ってみたが、スーツケースはない。

携帯でメンバーを探すと、つながって、AMERIIKAN AIRカウンターに行く。

村上エンジニアと納見さんがいた。

吉尾ドラマーと織原ベーシストも来る。

結局、この日は、マイアミ宿泊となった。

一つのホテルに皆泊まると、部屋が4つしかない。

しかし遠くにばらばらになるのはまずいので、村上エンジニアの交渉で、ホリデーインに、相部屋で泊まることとなった。

一同、肩を落とす。

シャトルバスに乗る、暑い、マイアミ、常夏のマイアミだ。

ホテルに着いて、もうここしか開いていないという1階のラウンジで、ピザとビールで乾杯。

藤陵&織原組、村上&吉尾組、岸&遠藤組、納見さんの4組に分かれて宿泊。

皆、洗面道具も着替えも、空港に預けられたスーツケースの中、着の身着のままで、寝巻きも替え下着もなく、宿泊する。

カテゴリー:

検索

  • 購読する